2011年09月12日 17:49

これはデリーの観光名所での観光客。
わたしも、このような服を着さされましたスカートだったからかな?
が、わたしが渡されたのが、ボッロボロで、まだ来てないほうがいいんじゃないかって
いう代物でした。
こんなでっかい人あまりいないからこのサイズは綺麗なのか・・?
インド人が撮ってくれた。


あっちいけーこっちイケー
と促されて数枚撮ってくれました。
荷物を置いてポーズしたものの、全て写りこんでますな。
多分この人が撮ってくれた。

カメラを取られる心配はしなかったな。。
この写真は着いた次の日。マスクもしてますね。
着いたその日から色々あったもんで若干疲れてはいますが、まだ元気!
私が写っている写真はとても少ないのですが、風景よりも
自分の姿を見ると辛いことを思い出すのが多いです。
日を追うごとにだいたいハキのない?生気のないオーラです。

ガンジス川前にて。
楽しそうに見える?ワラ。
これはきっと妊娠が関係していたのでわ・・と私は思いこんでいるのですが
全体的に勢いがなく、疲れた旅人でした。笑。
化粧いっこもせんかったのもあるかな・・??
最初の日以降はマスク寝る時以外しなかった。
が、この船に乗った人たちは・・

どんな説明があったのだろう。。恐ろしい街に観光に来たのですね。
これはまだ3.4日目の時。美味しいとガイドブックに書いていたラッシーの店の前で。

横にいるのはオートバイク(名前なんだっけ・・タイではトゥクトゥク)の運ちゃん。
私顔ちょっと怖いです。気持ちがでるのね。
えぇ。。こいつも面倒くせーやろーで(言葉が悪いー)
私がラッシー食べてたら、横で食べ始めて。
なのに「お金もってない」
って!
お前になんの恩もねーぞ。
払わないぞ。
見たいものがあって、時間がなかったのに店の前でケンカ。
お前はお金もっているはずだ、私は払わないぞー!
と数分言い合いましたが、もう帰りに運賃から値引いてやろう、とにかく見たいもの見にいこ
ってなり落ち着きました。
が、こいつやはり途中に、「これ以上オートバイク進入禁止」の交差点で
警察にお金渡して入れて貰ってた!
やっぱり持ってるやんけ!
ほんとに運賃から値引いてお金払ってサッサと消えてやりました。
で、ラッシーが何円かというと60円くらいです。
金額の問題じゃない、って事です。。。泣けてくる。
ラッシーはまずかったです!
これは最後の方の日。タンドリチキンが有名な店で一人。

実はこのお店の前に、わたし、アーユルベーダのエステしたんです。
全身。女の子2人がかりで、ドワーーーっとアーモンドオイルをモミモミ。
もちろんお腹もすごく。
恐ろしい!!!
恐ろしい体験をしてしまった。
絶対お腹の子は強い子が生まれてくるはずです。。。
係の女の子がめっちゃ見てる前で全裸になり、へんなパンツ履かないとイケなかったし、
高くても日本のがいいかも?
そんで、このタンドリチキンもいまいちで、私が作ったの方が上手いです。
もぅ!笑。
あとは・・
これは道中なんどか利用した、寝台列車の中!

列車で回ってくるご飯を食べてます。
めっちゃぶれてるけど、そのくらいがちょうどいい。。
一緒に見える、前の方にあるのが全部の荷物です。
背中にある水色のは、別の人の荷物です。
私が取るとは思わなかったのか?
白人の方が、荷物置いたまま席を譲ってくれました。
一人旅の人は多かったです。
この列車に乗る時、出発時間を過ぎてもどれが乗る列車か分からず
大変焦りました。
何人にも聞きましたが、違うことばかり!
キぃ――
遅れてくる私が悪いって?!
ちがーうう!
駅までに乗ったオートバイクの兄ちゃんが
寄り道ばっかりするんじゃ!
乗るときに、列車の時間を伝えました。
走っていると何処かに寄り道。
道間違えたの?
そうじゃないらしい。
時間ないんだけど・・
誰と話してるの?電車遅れる!

お前誰だよ?オイ!

これに乗ってるとしょっちゅう運ちゃんの知り合いが相乗りしてきます。
客に了解なんてありません。
おーーーい。
やっと降りた。
と思ったら!
今度はお前誰だーー!!

何なんだーーー
で、最後もう一人違う人が乗ってきそうになったので
後ろから車を足で「ゴン!!!」とけって
「はよいけや!!」
とジェスチャーと日本語でキレてみました。
おぉ〜日本じゃ出来んぞ。私こんなこと出来るのか。
運ちゃんはようやく苦笑いしながら駅へと向かってくれました。
が、しかし時間は過ぎています。
逃したらもう列車の時間も全然分からない。
汗だくになりました。
インドの列車はだいたい遅れて出発します。
5分遅れて出発しました。
なんとか間に合いました。
そんな感じのセキュリティー0のベットでカーテンを閉めて夜を明かします。
朝になると「チャーーイチャーーイ」
ってお兄ちゃんが回ってきます。


・・はいはい。
下にあるバケツみないなのにチャイが入ってて、コップにいれて渡してくれます。
10円〜50円くらいでした。
列車のチャイはあんまり好みではなかったです。
窓から見える景色は、観光の町と違う雰囲気でとてもいい。
私は列車が大好きだ。
そんなに良い写真じゃないけど・・

列車はよく止まりました。
「何してるの?」
って
聞いたら
「牛がいたら進めない」
っていうてた。
うん、うんうん。ダメ。すすんじゃ。
だから遅く動いても気にしないようにした。
2011年09月11日 07:57

動物パラダイスや〜〜
インド×動物編なり。
遠くにラクダ居るのわかりますか?
このラクダはんと一緒に2日間過ごしました。

日本だと、ラクダそこらへんで見たらテンションめっちゃ上がって写真撮りまくりの
会えたことを人に自慢しまくりだと思うけど
どうしてか、わたしは順応?してしまう。
インドには猿も牛もラクダもそこらにいて、当たり前で。
わたしも当たり前に見えて、なーーーんにも思えんかった。
これが日本ならすごいぞ、 と自分に言い聞かせるのだが、特別と思えず残念やー。
牛が一番いたね。強そうでたまに怖い。

白が居たり

黒がいたり

白と黒がいたり・・・

このあとこの黒いのと手がぶつかって、腫れました。怖かった。
牛は神聖と聞いていたので大事にされているんだろうけど
あまりにも人も車も牛も多いので
たまに車とかぶつかっていて心配になった。

のんびりしていた。
ヤギも結構いた。

のんびりしていた。
猿もいた

そして象がいた

象は超観光向けだけどねん♪
インド象っていうけどタイの方が多かったな。
象はアンベール城って所の観光スポットなんだけど
象使いが居てお金を払って乗せてもらいます。
城の入口までちょっとの間なんだけどすごい列だった。。
900ルピーで高!
と思ったけど渋々象使いに払う。
1000ルピー渡したのにお釣りがこない。
??
私「おつりは?」
象使い「チップとして貰っておく」
私「はぁ〜?!
あげるなんて言ってない!!
返せ!
返せ!
(象の背中に乗ったまま、首のところに座っている象使いの服をつかんで)
返せ〜〜〜!!」
と、100ルピー返してもらいました。
象に乗って楽しむことをすっかり忘れて象使いとケンカです。
あっと言う間に着いてしまうのに。
そしてまた着くころには
象使いが
「チップ! チップ!」
と言ってきてケンカ。
みんな降りるときにチップ渡していました。
「ほら、みんな渡しているだろう!お前もくれ!」
って。
が、わたしははじめのケンカで超怒っています。
あげまへ〜ん!!
自分から勝手に取るなんてするからだよ!
反省しろ=!
と、結局ほとんど象を楽しめず終わってしまいました。
あのやろーーー。
でもでも!
帰りに、今度は歩いて帰っていたら、違う象使いの人が
私を誘導してくれて
沢山の象の中を、象と一緒に歩かせてくれました*

行きの事もあってか、これが楽しかった。
乗るより、一緒に歩いた方が楽しいね!
優しい象使いの人やった。
悪いことばかり印象に残るもんなんだな。
2011年09月10日 08:35

インド人。
何を聞いても信用できない人たちだった。
知らなくても知らないと言わずに、答えようとする、優しい良い人たち
という感じでガイドブックには書いているが、
当の迷子の私としては言っていることどれが本当なのか
見極めることができず、相当の時間と苦労をついやした。

みんな、目が大きくて鼻も耳も大きくて色が黒かった。
そんなこと行く前から知っている。
かっこいいと思える人がいなくて途中残念に思った。笑。
ときめきたかったな・・
でも女の子は可愛いなって思ったり、綺麗だな〜って何度も思った。

結婚は、親が決めて結婚当日初めて会う人
など普通の恋愛もあるみたいだけど、多いみたい。あんまり聞いていない。
けどかわいそうだと思った。この時。


川のほとりでとーってもにぎやかで何なんだろ〜って思っていたら
端っこの方に2人がいました。
雰囲気がちょっと豪華だし、何度か見ている光景だったのですぐ分かったのですが
結婚式みたい。
何日かあるみたい。
お嫁さんを貰って嬉しいのか、旦那はんはポーズ。
嫁はんはずーーっと暗かったです。
結婚式当日に顔合わせたのかな。
わたしもこんな男いやや。
わたしは日本で好きな人と結婚して
自分の良いように希望をもっている。
この嫁はんはどんなこと考えながら生きていくんやろ。
きっと他の国の他の人は私を見て
かわいそうと思ったりもするのだろう。
ただ、私が日本で育っただけや。
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ブッタが悟りをひらいたって所にいった。
とても穏やかな空気のところだった。
いろんな国の宗教が集まっているようだった。
夕日と木を写真に撮ろうとしたら通りかかった僧侶?が
自分を撮るのだと思ったらしくポーズしてくれた。
違うけどありがとうといって撮った。

インド人はよくお祈りしてた。
神様がどんな存在なんだろう。
困った時の神頼み、って感じではなかった。
常に寄り添っているよな。
歯をみがくように祈ってる。
でも何を祈っているのかは予想するとイメージ悪い。笑。
今日も日本人に高く布を買ってもらえますように。
そう祈っているように見える。

心がやさぐれていた。
笑。
私はそんな心にほとんど支配されていたけど
そんな私が関わったのはほーーーんの一部の人たちだろう。
人とかかわることを全然楽しみにしていなかったからそうなったのだろう。
プシュカルの山頂寺院で見かけた2人組。
何を話しているのだろう。私が関わった人とは違うように見える。

寺院自体すごいところにあったな。
登るのやめよかと思ったけど、登ってみたら良かった。
若い男の子が番をしていて、音楽をガンガン流していたけど
欧米の女の子がたくさん来た時に、ちょっとエロティックな音楽になってしって
慌てて変えていた。意識してるんか。
この二人の写真はあと数枚あるんだけど、バシャバシャ撮ってるのにこちらを見もしない。
どういう心理なんだろう。

こんなふうに男性2人が仲良しな風景をほんとによく見た。インドじゃ普通みたいだ。

日本でも別にこのくらい仲良くすればいい。
ホモじゃないんだよ、女の子同士が仲良しな時と一緒。
私が撮った人たちがホモかどうかは分からないけどね。
悪くばかり言うけど、実はターバン巻いてる人たちは比較的好きだった。何か違った。
宗教によって服装違ったりするみたいで、ターバン巻いてるのはそれがどこかの宗教らしい。
この人たちは見かけただけだけど、お土産屋さんの前でみんなで吟味?

本物だー偽物だー言うてるのかなぁ。
めっちゃ気になった。赤いターバンか―どこの人やろね〜。
でもなんかおじいちゃんが若者のアクセサリーの前でワワワーと騒いで
去っていくのが変でわらけた。
日本人のイメージは着物でもふだんあんまり来てないけど
インド人のサリーは現役バリバリ。イメージどおり。

カラフルで色の黒い人たちに良く似合う。
いいなーいいなーっと思っていて。

わたしも来たくてサリーの生地を買って巻いて街を歩いたけど
おばあちゃんたちに大好評だった。
そういう反応はとっても嬉しいけれど、
でも色が白いせいかスンゴイなじまない。超目立つ。
顔は楽しそうじゃないし、違和感ありあり。
気持ち悪いな、っと思って次の日には仕立てやさんでワンピースにしてもらった。
帰国して捨てた。
写真も捨てた。笑。
ジャイサルメールから少し離れたこの小さな町では真っ赤な服を来ている女の人が何人かいた。

旦那はんが亡くなった人が着る服らしい。
牛はいつもどこから来ているんだろうと思っていたけど
このように飼われているようだ。
紐もなく、ご飯を食べに帰ってくるのかな。
大きなペットだなぁ。
さてはて、今回はインド人くくりにしてみた。
人が多いのだインド。
いろんな人がいるのだ。
見渡すと男の比率がとても多かった。
うるさいから写真を撮って終わらせた早朝の男たち。

終盤では声をかけてくる怪しい男たちにうんざりしていた。
ヒンヅー語でも英語でも怒る言葉を知らない私は
もうとにかく発していた。日本語で、罵声を。
「うるせー!こっちくんな!」
言ってみたら、日本ではこんな事なかなか言えないなー
なんて気づいて、遠慮なく言ってみた。
「しつこい!どっかいけや!」
インド人に、日本語で。
とにかく怒っていることはわかったらしい。
すれ違う違う日本人旅行者が苦笑いしていた。
この女の子は何があったのだろうって。思ったかな。
全員がこちらを見ていた。生まれて初めてだったのでカメラを向けたら数人は顔をそらした。

これは街を走るバスに乗ってみたときの写真。
チャリンコで運んでくれたおっちゃんが教えてくれたバスに乗ったら
ちゃんと目的地に向かったんだ。
そういうとき、ちょっと疑ったこと反省した。
でもやっぱりいつも疑っていた。
2011年09月09日 07:09

私の人生が変わったインド旅行。笑。
写真の整理をしながら、私は本当にここに行ったんだな、居たんだなと
とても不思議な気持ちになりました。
帰国してほぼ封印していたせいか、写真をみるととても新鮮で
ここ半年のインドの悪い記憶が半分くらい変わりました。
1500枚くらい撮ったなかから、何枚ブログに載せれる写真があるかな。
見るだけでも時間がかかりましたので、だいたい、なんとなく選んで載せてきます。
思いだしたエピソードがあれば・・・
でもそれだと長くなるからな・・・
あぁ・・色々あったな。12日間。ほんとに行ったんだな。インド。
最初に載せたのは世界遺産タージマハル。
インドといえば、だよね。
アグラという都市にあり、私はアグラはこのタージマハルを見ただけで移動。
早朝列車でついてからすぐにみたのでスガスガしいです。
城じゃなくて墓だそうよ。
カメラ用にキチンと立ってくれる警備さん

これはジャイプールという街だったかな。
次はバラナシという街にあるガンジス川のほとりのカフェにてピザ。

インドはカレーばかりというけれど、もちろんどこでも用意されているけど
わたしは他のものが欲しくなりほとんどカレーを食べませんでした。
気づいてから食べてみたけど全然美味しくなかった。日本のスパイス王国の味が好き。笑。
インドの雑貨。

これはジャイサルメールという街かな・・
それぞれの街に、それぞれの雑貨があり、どれも鮮やかだったり派手だったり
かわいいものは多かったです。
でも買うとなるとインド人との交渉がとても大変でした。
5倍どころではない金額を言うてくるのです。
こちら、日本でもどこでも値切る性格だもんで、インドでは燃えて燃えて燃え尽きて
物が欲しいのが値切りたいのか、なんなのか分からなくなりそうでした。笑。
インド人男性に、サリーの生地を買った値段を言うと「高いね!」
と言われ、イラ。
「ぼったくられた」っていったら
「その時は納得した値段で買ったんでしょ、その価値があると思ったんだ、納得しなければ買わなければ良い話」
と言われ、彼は日本人にいつもそう言っているみたいで日本人納得するみたいだけど
私は違う。
それだとずっと納得出来なくて何も買えない。
ある程度でいい加減買わなければ日も暮れる。
頼むからインド人正規の値段で売ってくれ。
他の日本人はそれでいいから私には。
そんな事をフツフツと思っていました。笑。
ちなみに私はヒンヅー語も英語も喋れません。
会話はだいたい日本語(怪しい人は喋られる人がたくさん)か、小学生レベルの英語です。笑。
おんぼろバスからの花。

インドのガタガタの道中で私を癒してくれたのが艶やかな花です。
ずっと暑いからかこんな色の濃い花がよく見られました。
でもとにかく道が舗装されていなくて、さらにバスはおんぼろ(何回ゆうのじゃ)
で、お尻が痛かったり、酔い止めをいつも飲んでいました。
妊娠していたら大変だな〜ってそういえば何度か思った。
いつも足で踏ん張っていました。
そして物凄い騒音でした。
プップー””!!とね。
わたしがほどんど観光向けのところにいったからか、いろんなところで花が綺麗でした。
イギリスの植民地時代の影響でしょうか?
確かデリー。散歩で行った城跡?早朝のインド人仕事風景。

この人たち毎日何してるんだろう、って人の方が多かったかれど
ぎゃくに、このように働いている人たちをみると、働いているな・・
と印象深かったです。
カースト制度ってのが昔あって、廃止されたけど根強く残っているそうです。
物乞いの子に生まれた子は物乞いでしか生きていけない、ような事を聞きました。
が、それにも色々あるそうで。。
働こうと思えば働ける、お金をあげてはいけないなんてこともインド人から言われました。
あんたお金もちなんだからあげなさいよ、そう言われているような視線を感じることもありました。
旅行に来ているんだし、私はお金持ちなのかな。
でもそうもおもえねーな。
なんてのもよくかんがえました。
こいつ。

旅の終盤、疲れ果てていたころ、この子がついてきて。ずっと。
まぁ顔に性格が出ているというか、なんだかこの顔が・・
お前の事が嫌いだ、お前が嫌だ、
とカタコトの英語でゆってみるんだけど(おい)、何か貰えると思ってずっと付いてきました。
そういうことがとても多かったです。
一人に何かあげるとどこからともなくブワ―――と集まってきて20人くらいに
なっていることも。
そういう子たち(物乞いの)と写真の子はちょっと違うんと思うんだけど
近づいてくる子はいつも何か期待をしてる目でした。
写真をとって!
と無邪気に近づいてくる子どもさえ、撮ってみれば
マネーマネー!
だったもので
最後の方は「あんたなんて絵にならん」
って英語でなんていううんだろうってフツフツしていました。
なにも言ってこない子もいましたが、もう私の心の中では
「言えないだけで何か欲しいと思っているんだろうな・・」
って子どもとの触れ合いはいつも心苦しかったです。
ジャイプールという街のホテルにて

ホテルに庭があって、カフェもあったのでガトーショコラとイチゴジュースを。
まずかったです。
う〜ん。わたしの期待して選ぶセンスが悪いのだろう。
ただ、お花には癒されるな。
このホテルが旅で一番よいホテルだったかなぁ。
値段でね。2000円。笑。
いろんなホテルがありました。
全部現地で手配したんだけど
あーだーこーだー
あっちいったりこっちいったり
高い安い負けろ値切ろ
インド人とかかわるとそれだけ何かある。
うーん、インド人すごい。
すごいよインド人。

ガンジス川での老人の沐浴。それを援助する息子かな?
とっても汚い川でみんなお祈りをしていました。
私は手だけ洗ってお祈りしました。
私はこの旅で、「私は日本人だ」
と物凄く強く思いました。



